なぜ茅ヶ崎だったのか***私的住む場所選びの理由***
梅雨のぱっとしない天気が続く湘南地方です。
とは言え、日中は30度近くまで気温が上がることも多い6月。この頃になると街中にビーサン短パン、へたしたら上半身裸のおっちゃんがあふれ出す、茅ヶ崎はそんな街。
笑顔あふれる家づくり:藍プランニング(株) スタッフブログです。
そんな茅ケ崎に住んで、かれこれ20年以上になります。
主人も私も地方出身者の我が家が、なぜ茅ケ崎に住もうと思ったのか?
「サザン好きだし、茅ヶ崎でいいんじゃね?」
結婚して新しく住む場所を決めようとなった時、当時主人は小田原で私は横浜で仕事していて、
通勤するのにちょうど中間あたり、藤沢か茅ヶ崎か平塚のどこかで新居を借りようとなった時に、2人で決めたのが茅ヶ崎。
理由は「サザンオールスターズが好きだった」ってことと、「もしかして桑田佳祐に会えるんじゃね?」って下心と、結婚して本籍を新たにつくるのに「茅ヶ崎」の響きが良かったから(笑)
理由なんてこんなもんです。
瀬戸内海が目の前に見える街で育った主人と、山形の山の中で育った私と、
「海のそばがいいね」というのはなんとなくあって、でも平塚まで行っちゃうと田舎だし、藤沢はざわざわしてて落ち着かないし、茅ヶ崎の中途半端さが地方出身者の私たちにはちょうど心地よかったんです。
茅ヶ崎がどんな街かもよく知らずに、海まで歩いて行けるって理由で中海岸のアパートで暮らし始めます。
「海のそばがいいね」とかいいながら、瀬戸内海の透明な海で育った主人は関東圏の海の汚さに愕然として、もともとマリンスポーツにも何の興味もない私には、暑いだけの真夏の海岸に行く理由も見つからず
地元の海に遊びに行くようになるのは子どもが出来てから。
そんなもんです。
途中、主人の仕事の関係で横浜に移り住んだり、私の家庭の事情で実家の山形で過ごしたりしながら、やっぱり住むのは茅ヶ崎がいいなと戻ってきたのが、今年30になる長男が小6の頃。
今の会社を立ち上げて、最初は藤沢の六会にあった事務所を茅ケ崎に移してからは8年目になります。
生まれ育った山形で過ごした日々より長く茅ケ崎に住んでるんだなー、と気が付きしみじみしてしまいました。
湘南に住んでいる、と言うと田舎の友人は「カッコいいねー」と言ってくれるけど、全然そんなことはないし
「桑田佳祐に会えるんじゃね?」ってのも、いまだにご本人に出くわすこともなく(笑)Suchmosにも加山雄三にも、意外と近くに住んでるらしい徳光さんにも会ったことはありません。
そんなもんですww
茅ヶ崎の海側に20年住んでみて思ったことは
真夏の海岸は好きじゃないけど、春先ののんびりした海や、夏の喧騒が過ぎたころの少しひんやりした晩秋の海は好きだなってことに気が付いたこと。
犬を飼い始めて、毎日は海に行かなくてもいいけど、思いついたときにふらっと行ける距離感がいいなってとこ。
でも年取ってからは山側の自然の多さもいいなと思い始めていること。
住民の足は自転車、車は持ってなくても自転車は家族分あるよね、ってとこ。
時々風に乗ってくる潮の香り。
横浜とか東京とか人がたくさんいるところに出かけた時に、帰りの東海道線から降りた時のほっとする感じ。
程よく田舎で、でも街に活気があって、新しい物も古い物も受け入れる懐が深いとこ。
地元を愛している人がたくさんいること。
時間がゆっくり過ぎていくとこ。
それを茅ケ崎で感じられることが出来たのは、幸せなことだなと思うのです。
もっと年取って、仕事もやめて隠居したら、もっと田舎の方に住みたくなるのかな?
いやいやたぶんこの先も、茅ケ崎にはずっと住むんだろうな。
茅ヶ崎はもう私の第2の故郷になっているよな、と言うくらいには気に入っています。
最初の一歩のあの時、茅ヶ崎を選んだのはなかなかの良い選択だったなと思う今日この頃です。
かわかみさちこ
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