終戦の日に亡き父を偲ぶ

先日、旦那と下の娘と3人で初めて靖国神社を訪れ参拝してきました。

戦争で亡くなられた人が祀られているんだよ、と娘に説明しながら、久々に父のことを思い出していました。

「atelier AI」アトリエアイby 藍プランニング株式会社の片づけ・収納相談担当かわかみさちこです。

 

最上禎蔵

 

父の残した戦争の記録

私の手元に1冊の冊子があります。

戦後50年の時に、亡くなる少し前の父が自分の戦争の記憶を記したものです。

大正生まれの父は生きていれば98歳、もうすぐ100歳になろうという歳です。今日テレビで終戦の日の追悼式典に出席できている戦没者の遺族はわずか6人と言っていました。

自分の実体験として戦争を語り継ぐ世代の人はどんどん少なくなる一方です。

 

父が亡くなって20年余り、最近はあまり開くこともなかったこの父の手記を、久しぶりに読み返してみました。

昭和10年16歳の時に、父は海軍志願兵として遠い山形から横須賀にやってきたそうです。そこで初めて海を見た、と書いてありました。

そこから7年間の国内での軍隊生活を経て出征、マーシャル諸島、マリアナ諸島を経て、グアム島で終戦を迎え、日本に帰ってくるまでの11年間の記録です。

ページ数にしたら100ページ足らずの少ない記録ですが、父の身の回りに起こった事実が淡々とつづられています。

特に出征して戦地に赴き、実際に戦争というものを体験して、上司を友人を多数亡くし、どんどん戦局が悪くなる中グアム島のジャングルの中を逃げ惑う様子は、今の私たちからすれば想像もできない世界です。

自身が冒頭で「戦争の悲惨さ残酷さ、ジャングルでの生活の本当の過酷さまでは踏み込めなかった」と書いてある通り、きっとここに記されている何十倍何百倍もの辛い事悲しい事に遭遇してきたのだろうなと、文章の間から想像されます。

 

大きくて優しくてたくましかった父

私は父が44歳の時に生まれた子です。年の離れた末っ子の私にいつも優しい父でした。元気で朗らかで誰にでも優しくて、母に言わせればちょっと優柔不断で(笑)、身体が大きくてたくましくて大好きな父でした。

父が戦争に行ってグアム島で終戦を迎えたことは知っていたけど、子どもの時も大人になってからも私にとって戦争は遠い昔の話でした。

戦争のことで父と何か話した覚えもありませんでした。

 

ただ、グアム島で生き延びた戦友達が集まる「戦友会」に何年か毎に参加していて、その時の様子を母が後からいろいろ聞かせてくれました。

「何年たっても戦争のことを思い出して、一緒に帰れなかった戦友のことを想って、おっきい体でおっきい声でおいおい泣ぐんだ。いづ行っても何回行ってもみんなして泣ぐんだ。」と母は言っていました。

娘の私の前では泣いたところなど1度も見せることはなかった父ですが、その胸の中には拭っても拭いきれない様々な想いがあったのでしょう。

手記の中で父は、「どんなことがあっても生きて帰る」ことを考えて行動していたようです。それは自身も書き残しているように、国のために死ぬことが本望とされていた当時の軍隊の中では、卑怯者、不忠者だったかもしれません。

先に犠牲になっていった仲間に申し訳ないという思いも強くあったことでしょう。

それでも生きて日本に帰ってきて、こうして私たちが生まれて家族の歴史が続いていること、今に繋がっていることを私たちは忘れずに生きていかなければと思うのです。

 

 

次の世代に伝えていく責任

私自身が子どもを持って、この歳になって、「ああ父にもっともっと戦争の話を聞いておけばよかったなぁ。」と心から思います。

言いにくい話もたくさんあったかもしれないけど、父が戦場で何を思いどんな思いで過ごしてきたのかを、もっときちんと聞いておけばよかったなと、心から思うのです。

 

私は戦争映画が好きではありません。

それは、どんなに映像技術を駆使して戦争の悲惨さを再現しても、その場でしか本当の悲惨さ残酷さはわからないから。どんなに名優が感情をこめて演技しても、戦争でいろんな体験した人に湧き起った感情はその人にしかわからないから。

 

父が戦争で感じた感情を見てきた事実を、きちんと聞いておけばよかった。手記には書き残せなかったいろんなことも聞きたかったね。

末の娘は父が亡くなってから生まれました。山形のおじいちゃんは写真でしか知りません。

靖国神社で「山形のおじいちゃんも戦争に行ってたんだよ、グアム島でアメリカと戦ってたんだよ。」と言ったら、「えー、全然知らなかったー!そうだったんだー!」と驚いてた。そういえばきちんと話したことがなかったかも。

今小6の娘から見たら、戦争はもっともっと遠い過去の話。昔日本が戦争してたなんて想像も出来ない事でしょう。

父が私たち家族に残してくれた1冊の薄い冊子を、次は私たちが自分の子どもに、戦争の悲惨さ残酷さ悲しさを「おじいちゃんの体験」として語り継いでいく番です。

 

お父さん、今頃は空の上で戦友たちと一緒に「終戦の日だなー。」って下界を見ているのかな?

でももう少し長生きしてくれてたら、孫たちと一緒にお酒でも飲みながらもっともっとたくさんの話が出来たのにね。

靖国神社

 

終戦の日に、お盆もお墓参りに帰れなかった親不孝な娘より。

 

 

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かわかみさちこ

かわかみさちこ

藍プランニング株式会社の片づけ・整理収納担当、かわかみさちこです。アメリカで生まれた片づけの手法ライフオーガナイズ®の考え方を元に、暮らしを楽にする仕組み作りを考えます。暮らしに役立つ片づけのヒントや収納、大好きなインテリアのこと、アトリエアイでのワークショップなどもご紹介しています。